しまねの職人

【出西窯】民藝の精神”用の美”が息づく実用的な器

〜暮らしの道具を作り続ける陶工の共同体〜

VOL.18

出西窯 多々納 真さん

JR出雲市駅から車で約10分、出雲空港からは約20分
出雲市斐川町出西の一帯には穏やかな田園風景が広がっています。

戦後間もない1947年(昭和22年)
地元の青年5人が集まってこの地に窯元を創業しました。

現在も、創業当時と変わらない共同体として
手仕事で暮らしの道具を作り続ける職人たちの作業場、
民藝の志を大切に受け継いできた出西窯です。

今の暮らしにもフィットする実用的で美しい器は
年代を問わず多くの人々を惹きつけています。

創業メンバーを父にもつ代表の多々納さんに、出西窯について伺いました。

出西窯の歴史

出西窯の成り立ち
第二次世界大戦が終わってすぐに、地元の農家の次男・三男が5人集まって創業しました。
当時の農家は長男が跡を継ぎ、次男、三男は都会に出て働くのが一般的でしたが、戦後間もなくは都会に出ても仕事がなく、生まれ育った地元で生きていくために焼き物づくりを始めました。
当初は美術的価値のある高価な陶器を作っていましたが、民藝運動を提唱した柳宗悦の本に影響を受け、同じく民藝運動の中心人物で島根県安来市出身の陶芸家・河井寬次郎の指導を受けて、日常生活で使う実用的な器づくりに方向転換しました。
河井寬次郎との繋がりから柳宗悦や濱田庄司、鳥取の吉田璋也、イギリスの陶芸家バーナード・リーチなど民藝運動の重鎮たちと交流が生まれ、彼らから指導を受け、試行錯誤を繰り返しながら、現在の出西窯のスタイルを築き上げて、今日に至っています。
出西窯の特徴やこだわりとは
一番の特徴は、研修生を含めて15人の作り手がいる共同体であるということ。
出西窯は、「台所の道具を作っている」という同じ志を持った職人たちの作業場なんです。
ここで僕らが目指しているのは、毎日の生活で使っていただける食器を作っていくことで、その食器に美しさを表現できたらそれ以上の幸せはない、という気持ちで作っています。
手仕事に徹しながら、良いものを手頃な値段で提供するために、ロクロの修練も含め職人が優れた技術を修得することや、できるだけ数多く作るために効率的に作業することも大切です。
またオリジナリティを出すために、陶土は主に島根県産の材料を使い、釉薬は江戸時代とほぼ同じ伝統的な原材料を使って、自家調合しています。

“暮らしの道具”づくりへの想い

お客様からの声で印象に残っていることは
以前知り合いに「君にもらったマグカップで飲むコーヒーはとてもおいしく感じられる」と言われたことがあります。
うちのマグカップは、「コーヒーを飲むこと」を最優先に考えた器です。
コーヒーを飲んだときに、コーヒーのことだけを考えて、味わえる器であることが何より大切だと考えているので、これはとてもうれしい言葉でした。
キャットボウルが話題になったが、他に新商品は
キャットボウルは、猫好きな職人のひとりが高齢猫のために、食べやすく、吐き戻ししにくく、水が飲みやすい器を作ろうと、高さや形を研究したのが始まりです。
試作を繰り返し、実際に猫が食べている反応をみて、完成させたものなんです。
職人が受け持っている陶器の他に、自分の生活スタイルに合うものを自由に試作して、その中からこれはというものを新商品として定番化していきます。
1年に1つくらいは新しいものを生み出すことができたらいいと思っています。

ものづくりで大切にしていることは
例えばマグカップですが、バーナード・リーチから直接教わった把手付けの手法とデザインで、この10年間に数千個のマグカップを作っている職人がいます。彼が作るものがベストなかたちだと思うんですね。とにかく実際に作ってみて、おいしいか、飲みやすいか、持ちやすいかを見極めて、他の職人や販売のスタッフの意見も取り入れて改良し、無数に作り続けていくと、スペシャリストになれる。
同じものを徹底的に追及して作り続けて、自信をもってお客様にお渡しすることが大切です。
先ほど、良いものを手頃な価格で提供すると言いましたが、若い方にも贈り物として贈りやすく、もらわれる側ももらいやすいものを作ることも大切にしています。
島根で焼き物をやることについて
窯を焚くと煙が出るので、都会では窯元の経営は難しく、人口の少ない地域が向いています。
島根は焼き物の材料となる良質の陶土が採れますから、その点でも好条件です。
扱いは難しいですが優れた発色をする出雲の土は、うちでも使っていますよ。
島根県内には数多くの窯元がありますが、それぞれの窯元で独自の技術や伝統を継承しながら、作品へと昇華しているんじゃないでしょうか。

出西窯のこれから

技術の継承について
5年前に株式会社に組織変更しており、会社として継続していくためにも若い人に職人を目指して来てほしいのですが、焼き物の道に進もうという人が少なくなっているのが悩みですね。
焼き物に興味のある人は、ぜひここでものづくりを学んでもらいたいと考えています。
登り窯の窯焚きは年に3〜4回、灯油窯と電気窯もあって、作陶も窯焚きも経験のサイクルが早く、色々な職人の作品を見て勉強できるし、共同体だからこその可能性を一緒に見つけていってもらいたいです。
今後の目標、出西窯の未来について
共同体を維持しながら工房を次世代へ残すためには、お客様に直接販売する体制を築いて売り上げを増やす必要があります。
工房と同じ敷地内にある展示販売場「くらしの陶・無自性館(むじしょうかん)」に加えて、ベーカリーカフェと服と小物のセレクトショップを誘致して「出西くらしのvillage」をスタートしたのはそのためです。
焼き物に関心がなくても、ベーカリーカフェで見た器に興味を惹かれたり、セレクトショップに服を見にいらしたお客様も、無自性館に寄って器を買ってくれるかもしれない、そう思っていますね。
今後もこのような試みを積極的に展開していくつもりです。

出西窯について

展示販売場の館名にもなっている「無自性」とは、窯の運営に迷っていた創業メンバーが哲学者の山本空外上人から授かった言葉で、「何もかもおかげさまで、自分の手柄などどこにもあろうはずがない」という意味だそうです。

作業場で職人たちが黙々と仕事をする様子に、当時5人の青年が分かち合った無自性の精神が、今もしっかりと受け継がれていると感じました。
ちなみに、出西窯の器には窯名も作者名も刻まれていません。
それは、誰の手柄でもない、おかげさまの器だからなのです。

出西窯を代表する器と言えば「縁鉄砂呉須釉皿(ふちてっさごすゆうざら)」。
1989年に第10回日本陶芸展優秀作品賞を受賞したこの作品は、いつしか「出西ブルー」と呼ばれるようになった深い青とグレーのコントラストが美しく、ベストセラーになっています。

それ以来、出西窯と言えばブルーの印象ですが、それまでは白と黒の器が定番だったそうで、他に飴色の器もあり、器の種類も豊富です。
いずれも膨大な数を作り続け、使いやすさを追求し、改良を重ねて現在の形に至ったもの。
そういう所に、出西窯の器が幅広い世代に支持される理由があるのでしょう。

駐車場には県外からの車も多く、無自性館やベーカリーカフェ、セレクトショップは平日にも関わらずなかなかの賑わい。
ベーカリーカフェで出西窯の器を体感しながらランチを楽しみ、セレクトショップで服や日用品を、無自性館で器を眺める…そんな素敵なひとときをイメージしました。

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