しまねの職人

【高津川リバービア】益田の「体温」を醸す、地域と歩むIターン社長の決意

~「孤独」ではなく、共に笑う『幸福』な一杯~

Vol.57

高津川リバービア株式会社 上床 絵理さん

島根県益田市の清流・高津川。そのほとりで、地域の人々と共に歩む「高津川リバービア」。
代表の上床さんが、なぜ東京での国家公務員というキャリアを捨て、この地でビール造りを始めたのか。
そして、彼女が描く「空港に醸造所を作る」という壮大な野望とは。
高津川の清らかな水と、地域の温かなつながりが生み出すクラフトビールの物語を伺いました。

日本一の清流と、地域の縁に導かれて

高津川リバービアの成り立ちについて

「高津川リバービア」の成り立ちについて教えていただけますか?
私たちは2020年の6月に益田市で会社を設立しました。翌2021年の1月に発泡酒の製造免許をいただいて、そこから本格的にクラフトビールの製造をスタートしています。最初は造るだけだったんですが、2022年にはここでビールを飲んだり食べたり、直接買っていただける場所として「クラフト酒場 高角(たかつの)」というお店もオープンさせました。
そもそも、なぜ「クラフトビール」を造ろうと思われたのでしょうか?
理由はシンプルで、私自身がとにかくお酒が大好きだからなんです。自分の住んでいる場所のすぐ近くに、いつでも大好きなビールがある状態にしたいなってずっと思っていて。「買い忘れた!」とか「今日飲むものがない」なんて状況にならないように、自分で造っちゃおうと。日本酒やワインに比べると、ビールの方が比較的チャレンジしやすい酒種だったというのも理由の一つですね。
創業のきっかけは何だったのですか?
実は、2018年当時はまだ東京で国家公務員として働いていたんです。その頃、益田市・津和野町・吉賀町の3市町が取り組んでいた「関係人口づくり」のプロジェクトに、東京に住む人間として参加したのが益田との出会いでした。何度か足を運ぶうちに、地元の方から「醸造所にするなら、いい場所があるよ」と教えてもらって。日本一の清流である高津川の水があって、美味しいフルーツもたくさんある。仲間たちと「ここでビールを造ったら最高じゃない?」と盛り上がったのが2019年の終わり頃でした。

高津川の水とフルーツが織りなす「益田の味」

高津川リバービアならではの魅力や特徴を教えてください。
何といっても、高津川の「水」ですね。何度も日本一の清流に選ばれるほど水質が良くて、ここの上水道は伏流水をほとんど処理せずに流しているくらい綺麗なんです。この素晴らしい水と、その水で育った地元の高品質なフルーツを組み合わせるのが私たちのスタイルです。シャインマスカットやいちご、ゆずなどを使って、フルーティーですっきりとした、飲みやすいビールを造っています。
益田の人たちは本当に積極的なんですよ。「クロモジ(香木)を使ってみたい」とこぼせば、その場で農家さんに電話して繋いでくださるし、ゆずに興味があると言えば3時間後にはサンプルが届く。農家さんの方から「これ使ってみないか?」と提案してくれることも多くて、この地域ならではの繋がりには本当に助けられています。
現在のラインナップはどのような感じでしょうか?
定番は「益田マスカットエール」など11種類ほどありまして、限定醸造やOEMも含めると年間で15〜16種類くらいは仕込んでいます。
ぜひ飲んでみてほしいのは「空港はちみつエール」です。実は益田にある「萩・石見空港」って、全国でも珍しく空港内で養蜂をしているんです。その蜂蜜を使わせていただいているんですが、益田の花々の香りがギュッと詰まっていて、本当にお花畑にいるような素敵な香りがするんですよ。

「よそ者」を「友達」に変えてくれる町の体温

福岡出身で東京に15年。なぜ、移住先に益田を選んだのですか?
2019年に公務員を辞めて、場所や時間に縛られない生き方をしたいと思った時に、真っ先に浮かんだのが益田でした。関係人口として関わっていた時から、ここの人たちはたった数回しか会っていない私を「友達」みたいに迎えてくれたんです。ここなら移住しても寂しくない、孤独にならないだろうなって確信がありました。コロナ禍で2拠点生活が難しくなった時も、「よし、もう住んじゃえ!」と決断できたのは、この町の人たちの温かさがあったからです。
みなさん、品があるけれど気取っていなくて、すごく優しい。「上品な楽天家」という感じでしょうか。ほどよい距離感で、でも困った時は全力で助けてくれる。夜、犬を散歩させながら月が綺麗だね、風が涼しいねって感じられる。そんな「人間が自然に生きられる場所」なんです。
最初は「ここでビールが造れたらいいな」という自分たちの楽しみが中心でした。でも5年経ち、この心地よい環境をずっと維持したい、衰退させたくないという気持ちが強くなりました。今は「地域の元気を支える産業でありたい」と、支える側に回る覚悟ができたのが一番の変化ですね。

挑戦の先にある「空港醸造所」という野望

ビール造りで大切にしていること、チャレンジしていることはありますか?
「私自身が飲みたいビールであること」です。自分が心から美味しいと思えるものでなければ、お客様に自信を持って勧めることはできませんから。そこはフェアでありたいと思っています。

チャレンジしているのは、今まさに挑戦している「メロン」のビールですね。メロンは香りをビールに残すのがすごく難しいんですが、益田の人たちが大切に育てている特産品なので、なんとかその美味しさを形にしたくて。農家さんと相談しながら、香りの強い品種を選んで試行錯誤を続けています。
今後の展望を教えてください
萩・石見空港の敷地内にある使われていない倉庫を改装して、大きな醸造所を作ろうと思っています。「空港で造ったビール」を目的地にして、益田に来る人を増やしたい。そして、益田の飲食店で最初の一杯を頼む時に「まずは地元のリバービアで!」とみんなに言ってもらえるような、そんな地域のスタンダードになりたいですね。

取材を通じて感じたのは、上床さんの「潔い誠実さ」です。15年のキャリアを手放し、縁もゆかりもない益田へ。「自分が飲みたいビールを造る」という信念は、自分に嘘をつかないプロとしての誇りそのものでした。

印象的だったのは、彼女が語る空港への野望。それは単なるビジネスではなく、自分を受け入れてくれた街への、深い「恩返し」のように聞こえました。彼女が醸す一杯には、清流の美しさだけでなく、益田という街の温かな体温が、確かに宿っています。

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