しまねの職人

【(有)椿窯】河井寛次郎そして京都からのご縁で生まれた魅力

~受け継がれるツバキと赤い釉薬~

VOL.1

(有)椿窯 荒尾 寛さん

工房はツバキの花に囲まれ、潮風をかんじるほどに海が近い
穏やかな主人の手によって、息を吹き込まれる器たちは、
日本最大級といわれる10段の壮大な登り窯とガス窯で焼き上げられます。

河井寛次郎氏秘伝の釉薬によって、陶芸では困難とされる朱色『辰砂(しんしゃ)』を調合。
辰砂によって彩られたツバキの模様が美しい特徴となっています。
2種類の窯、そして父と息子の3名によって作られる作品は
色の風味や絵柄にも少しずつ個性があり興味深い。

島根の中央に位置する温泉津、(有)椿窯の荒尾さんにお話を伺いました。

椿窯の魅力や窯元の歴史について

椿窯の魅力は何でしょうか
椿が主体にした焼き物で、河井寛次郎先生がその調合を発見された
「呉須(ごす)」「辰砂(しんしゃ)」「青磁(せいじ)」3色の釉薬で作っています。
これらは、ほかでは調合できない。うちでしか出せない色だと思います。
椿窯の歴史はどのくらいになるのでしょうか
私の父は京都で焼き物屋をしておりました。
家の古い釉薬調合表を見つけたとき、300年前のものを見つけたからうちは300年前から焼き物屋だと思います。
たまたま目と鼻の先に河井寛次郎先生の家があり、私は6歳か7歳のころから河井寛次郎の窯のところに遊びに行っていました、河井先生からは、いろいろ教えてもらいましたよ。
子供のころから土を殴って(触って)いました。
父親が直々に河井寛次郎先生から釉薬の調合法を教わっているので、今もそれを受け継いでやっています。

受け継がれる技法、京都から島根へ

器などの作り方や特徴を教えて下さい
椿などの模様はイッチンという装飾技法で描いています。
先代のころから椿が大好きで、心に幸せが広がるようにと願いを込めて考案した文様です。
イッチンとは、泥漿(でいしょう/どろどろに溶かした粘土のこと)や釉薬によって盛り上げの線文を表す技法です。名前は、友禅染などで用いる一珍(一陳)糊に由来するという説があるそうです。昔は竹で筒書きで書いてたから、こんなに細かい模様は書けなかったですが、スポイトを使うようになってからは細かい模様が描けるようになりました。
粘土でお皿や湯呑を作って生のまま椿などの模様を描きます。もう数えきれない数の椿を描いてきました。
1つ1つ丁寧に手書きしてるのでみんな違う作品になるんです。
湯呑への思い入れはありますか
面取りは京都の時代から同じかたちなので引き続きかわいがってもらいたいですね。口づくりに関しては、飲みやすいように、口あたりがいいように研究して作ってているので同じものを飲むでも美味しく飲めると思います。自分で特殊な水の養生をかけた粘土で焼いたものがあり、お酒がまろやかに感じるものがあります。これは、よそにはないのではないですかね。
技術の継承についてどうお考えですか
息子たちは小さい時から仕事場で一緒に遊んで、粘土はしたい放題に使って遊んできました。だから特別伝えるために教えたりなどはしていません。あるがままの自分の生き方を見ていたら自然にすべて受け継げるだろうと思っています。もう今更教える事はないんです。
だから今後はわたしたちがやってきたことを基本にして、息子たちがどういう新しいものを作り出してくれるか楽しみですね。イベントなどにもいろいろ工夫して参加もしているようです。
京都からこの地域に住んでみていかがですか
生活しやすいですね。和やかですし。山、海が近いのでこんなに環境のいい窯元はないでしょう。ありがたいことです。
水瓶を作ってた前の窯が危機に直面して、師匠の河井寛次郎から窯元を立て直してくれと依頼されてここにきましたが、いい縁があったなと思っています。

(有)椿窯について

左:先代から続くデザインのコップ(湯呑)
右:現在のデザインに合わせて、底を削ってグラスとして使えるようにデザインを変化したコップ(グラス)
2つとも販売されています。最近は、家に急須や湯呑がない家庭が多くニーズが低いため、時代に合った商品作りもされているそう!!どっちも同じサイズ(右のほうは長く見えるが、それは目の錯覚)
赤いコップについて
左2つ:ガス釜・・・はっきりとした赤
右2つ:登り窯・・・キラキラした感じ
登り窯の方がゆっくり時間をかけて焼いていくため色がきれいに広がるそうです。
窯が違うだけで同じ土、同じ釉薬を使っても仕上がりの風味が変わる。
毎年、春と秋に温泉津ではやきもの祭りが開催され多くの人で賑わいます。

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イベント情報

  • 温泉津やきもの祭り 毎年春秋開催

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