しまねの職人

【風流堂】手仕事の「気配」を届ける、職人の誇りを束ねる四代目

~「効率」ではなく、心を尽くす「不変」の誠実~

Vol.55

有限会社 風流堂 内藤葉子さん

島根県松江市。
松平不昧公(ふまいこう)が根付かせた茶の湯文化が今も日常に溶け込む町で、明治23年から暖簾を守り続ける「風流堂」。
四代目の内藤葉子さんに、その歴史と菓子づくりへの信念を伺いました。

風流堂について

鉄道の普及が拓いた、和菓子という新たな道

風流堂ができたきっかけについて教えてください
創業は明治23年です。もともとは松江大橋の南詰めで海運(回船業)の仕事をしていたのですが、鉄道が普及したことで海運が廃れていきました。その流れで商売替えをして、菓子屋を始めたというふうに聞いております。

風流堂のお菓子について

看板商品である「山川」は一度なくなってしまったお菓子だそうですが、復刻の理由はどのようなものだったのでしょうか。
山川は「日本三大銘菓」と言われておりますが、大正の初めに、松江の有識者が集まるような会で「不昧公の100年(没後100年)に向かって作るお菓子として復刻したらどうか」というお話をいただいたのがきっかけで作ることになったと聞いています。
「山川」のおいしさの秘密はどこにありますか。
原料は砂糖と「寒梅粉」というお餅を粉にしたもので、しっとりとしたお菓子です。甘さはありますが、お抹茶と一緒に口に入れるとお砂糖がすっと引いて、甘さが後を引かない。お抹茶の美味しさを存分に引き立てるのが良さだと思います。

また、「山川」はずっと製法も大きさも変えずに何十年と続けてきましたが、今の時代には一つが大きすぎるなと感じることがありました。そこで、ワンブロックの「食べきりサイズ」という、とても小さいサイズのものを作ってみました。
長年愛されている「路芝(みちしば)」も、最近ブラッシュアップされたと伺いました
「路芝」は、炒った胡麻を散らした求肥(ぎゅうひ)と白あんを重ねて、伸ばしてカットして捻り、少し乾燥させて作る干菓子風のお菓子です。最近は「柔らかくしてほしい」というお声も多いのですが、私たちは自家製の白あんそのものの美味しさと、胡麻の香りをより引き立たせることにこだわりました。改めて素材の良さを感じていただけるよう見直しを行い、新しくしました。
もう一つの看板商品「朝汐(あさしお)」のこだわりを教えてください。
日本海の荒波が岩肌に打ちつけて引く時に泡となる風景を託したお菓子です。最大の特徴は、中のあんが「皮むきあん」であることです。私どもは小豆の皮むきからすべて自社で行い、自家製あんで作っています。皮を除くことで、よりすっきりとした上品なあんこになります。また、生地は山芋(つくね芋)を仕入れて自らすりおろして作っていますので、芋のほのかな香りがするのも特徴です。
明治23年から大切にされている「伝統」や「こだわり」について教えてください
手間を惜しまず手づくり中心で作ること、そして素材の良さを大切にすることです。秋には栗を自社で剥いて処理し、栗ペーストからお菓子を作ることも長年続けています。

これからの風流堂について

これからの風流堂を、どのようにしていきたいとお考えですか
最近は和菓子離れということも聞きますが、日常で和菓子を楽しむ方がこれからも増えればいいなと思っています。そのきっかけづくりのために、チョコレートやコーヒーといった今の生活習慣に合った素材を取り入れて、新しいお菓子にも挑戦しています。手間を惜しまず丁寧に、季節を伝え、日常を彩る和菓子を作り続けていきたいですね。

島根県松江市。ここは、不昧公が根付かせた茶の湯文化が「日常に溶け込んだ町」です。
この町で130年以上の歴史を繋いできた風流堂 4代目内藤葉子さんは、自らを菓子を作る職人ではなく、伝統を現代に届ける役割であると捉えています。

インタビューを通じて浮かび上がったのは、「手間」という言葉の重みでした。
小豆の皮むき、山芋のすりおろし、秋には栗の処理を自社で自分たちの手で行う。
内藤さんはそれを「私どもらしさ、あんこらしさが出る」と表現されました。

効率が最優先される時代において、あえて「手間を惜しまない」環境を守り抜く。
そして、日本三大銘菓「山川」を現代の生活習慣に合わせて小さくリサイズする。
それらはすべて、日常の中で和菓子を楽しむ人を増やしたいという、経営者としての誠実な判断の積み重ねです。

お茶と共に頂く一粒の和菓子。
その背景にある、語られないほど膨大な「手間」こそが、風流堂の130年を支える唯一無二の価値なのだと感じました。

プロフィール

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