しまねの職人

【簸上清酒合名会社】地元の米にこだわり、軸を変えない酒を造る

〜地域に根付き、未来につなぐ酒〜

Vol.40

簸上清酒合名会社 田村 浩一郎さん

奥出雲町は、島根県の東南端に位置した自然豊かな場所。
最古の歴史書である『古事記』や『日本書紀』をはじめ、出雲地方には様々な神話が多く伝承されています。その中でも奥出雲は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の降臨や八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治の神話の舞台として知られ、神代の昔から神話や歴史が息づく土地です。
また、奥出雲は古くからたたら製鉄で栄えてきました。今でも、世界で唯一伝統的なたたら製鉄を操業し、日本刀の原料となる「玉鋼(タマハガネ)」を生産しています。
そんな豊かな自然と歴史に恵まれた奥出雲町にある簸上清酒さんは、1700年代前半・江戸時代中期の元号「正徳」のころに創業したと語り継がれています。
1910年には町内の三件の酒蔵が合併し、「簸上清酒合名会社」となりました。
歴史ある蔵元への想いなどについて、16代目次期蔵元である田村 浩一郎さんにお話をお伺いしました。

簸上清酒について

簸上清酒さんのお酒について教えてください
弊社のお酒は、香りが非常に華やかなお酒やすごく甘みがあるお酒ではなく、香りは控えめで、お米の旨みや酸味、後味のすっきり感をバランスよく調和させる、そういったお酒造りを目指しています。


華やかなお酒や甘みのあるお酒ももちろん美味しいのですが、弊社が目指しているお酒は、食事と一緒に飲んでおいしい、食事の主役にも引き立て役にもなれるバランスのいいお酒造りです。
酵母について教えてください
お酒造りのときに、すごく大事な役割をする「酵母」という微生物があります。この酵母はお米の中の甘みの部分(糖分)を食べてアルコールをつくる、「発酵」という働きをしています。

お酒造りの歴史の中で、昔は発酵するときに、泡がブクブク出るのが当たり前だったんです。
泡が出る酵母だと、お酒造りをしている期間、酵母は人間とは違い夜に寝てくれるわけではないので、夜も発酵が進みタンクの中で泡が発生します。
放っておくとタンクから泡が吹きこぼれてしまうため、「泡守り」という泡を吹きこぼれないように消す役目があったくらい、寝ずの番をしなければいけない大変な作業でした。

1960年代14代目・浩三のときに、通常ならば泡が出るはずが、泡が出ないタンクが見つかりました。
通常とは違う事象が発生したということなのですが、「発酵がうまくできていないのでは」「お酒造りがうまくいかず失敗したのでは」と思ってしまうかもしれないところ、当時の祖父は「これは何かあるぞ」と思ったようです。国の研究機関である醸造試験所(現・酒類総合研究所)に持ち込み分析してもらった結果、新しい特徴を持った新種の酵母だとわかりました。このことによって、「泡無酵母」が見つかったんです。

泡が出ない酵母が発見されたことで、まず泡守りの作業が必要なくなり、大変な作業が不要になりました。
そして、従来は泡が発生することを前提に、タンクのサイズに対して仕込み量を控えめにする必要があったのですが、泡無酵母を使用することで、同じサイズのタンクでも多く仕込むことができるようになり、歩留まりが向上しました。

この出来事を讃えて、当時の蔵があった跡地に「泡無酵母発祥之地」の文字が彫られた石碑も建てられているんですよ。
お酒の種類について教えてください
弊社のお酒は、「七冠馬」「玉鋼」「簸上正宗」の3つのブランド銘柄があります。

一番歴史があるのは「簸上正宗」で、100年以上前からあるブランドです。地域の日常の晩酌酒として今でもご愛飲いただいているお酒です。

「玉鋼」は、大吟醸クラスのいわゆる高価格帯のお酒です。島根県内では、贈り物や特別な日のお酒としてご愛飲いただいている商品になります。

「七冠馬」は、幅広い価格帯で、デイリーのお酒から贈り物にもご利用いただけるようなラインナップを揃えています。
そのため、「七冠馬」は弊社が有するブランドの中でも様々な提案ができ、幅広いお客様に飲んでいただけるブランドなので、県内だけでなく県外・海外にも展開しています。

「七冠馬」の特長は、「お食事に合うお酒」というところです。
香りが華やかなお酒は弊社にもあり、「玉鋼」はお酒単体でも楽しんでいただけるお酒です。
それに対して「七冠馬」は、「食事と一緒に楽しんでもらいたい」というコンセプトのもと商品開発をしています。
七冠馬というお酒の名前の由来について
実は競馬に由来する名前なのですが、競馬ファンの方から、「蔵元さんが競馬好きだったんですか?」「馬主さんだったのですか?」と聞かれたりします。

名前の由来は、1980年代に活躍した「シンボリルドルフ」という競走馬ですね。
“20世紀最強の競争馬”と称され、”皇帝”という異名を持つようなすごく強い馬でした。

史上初めてGⅠレース1を7勝してたことで”七冠馬”と呼ばれたことに由来しています。

ブランド名となったきっかけは、シンボリルドルフを輩出したシンボリ牧場のオーナー・和田家とのつながりです。
和田家はもともと島根県大田市の出身なんです。

和田家の先代オーナーと私の叔母が島根のご縁で結ばれ結婚し、弊社の田村家と親戚関係になったのは、ちょうどシンボリルドルフが7七冠を達成した時期。おめでたいことが重なりとても縁起の良い名前だということで、シンボリルドルフが七冠を達成してから10年経った1996年に「七冠馬」は誕生しました。

簸上清酒さんのこれから

これからの日本酒造りの思いについて(杜氏・高橋さん)
現在は製造・貯蔵・品質管理まで酒造りのすべてを統括することに加え、酒造りの技術職人のリーダーとして後進の育成、酒造りの技術及び人材育成に関するスキルアップを同時並行で行なっています。
おいしいお酒を造るためには、造り手一人ひとりの技術が重要です。杜氏として皆様に喜んでいただけるようなお酒造りを責任をもって行なうと同時に、良い造り手を残すのが会社にとって一番の財産と考えています。
簸上清酒が造り出すお酒の味わいや、食中酒として真価を発揮する「食卓に寄り添うお酒」の味というものを守りながら、簸上清酒が長く続いていくように貢献していきたいと思います。
これからの日本酒造りの思いについて(16代目次期蔵元・田村 浩一郎さん)
今弊社が大事にしているお酒造りの「食事と合うお酒」「食卓に寄り添うお酒」というコンセプトや酒質は、私個人としても気に入っています。
それに対し、新たに「こういう方向にしていくべき」という自身の考えを持っているというよりは、むしろこれまで弊社が大事にしてきた価値観やお酒造りを続けていくことこそ難しいと思いますし、だからこそ取り組んでいくべきところだと考えています。

まずは変えないこと。
特に今年は酒造りの体制なども変わっているので、そのような変化の中でも、今までと同じようにお客様に満足していただけるお酒を造り出していくことこそ難しいと思っているので、「変えない」ということに取り組むことが大前提だと思っています。

特に日本酒産業というのは非常に歴史がある産業なので、その歴史の中では流行り廃りがあります。時流に合わせたトレンドをウォッチすることはもちろん大事ですが、トレンドを追いかけすぎるのも良くないと思っています。

そういった点においては、軸を持ってやっていくということが大事だと思っています。2年前、リブランディングやマーケティング面も含めて弊社のブランド方針を再検討した時に、改めて「弊社のお酒ってどんなお酒だろうか?」と問い直し、弊社の軸を定義しました。


その軸とは、「バランスがよくてお食事と合い、飲み飽きず飲み疲れないお酒」であるということ。
それを「七冠馬」の軸として定番のお酒に据えました。

「変えずに軸を持って取り組む」ことが大前提としてある上で、「それだけやっていればいいか」といえば全くそんなことはなく、当然いろんなトレンドや新しい酒造技術などにもアンテナを常に伸ばしておく必要があります。
「やらない」のと「できない」のでは大きく異なると思っているので、技術を追い求め、かつ軸を持った上で、いろんな可能性を探っていくことが大事だと思っています。

そういう意味では、「瓶内二次発酵」というシュワシュワの微発泡のお酒を造る技術に挑戦したり、
今まで使用したことがない酒米や酵母を採り入れてみたり、ということにもチャレンジしています。

チャレンジしながらも軸は変えないというところを大事にしていきたいと思っています。
これからの展望などについて
この奥出雲町という場所は、良質なお米ができ、かつ水も良いことに加えて、『たたら製鉄』という産業から続く米づくり・酒造り」という特別な歴史的ストーリーがある場所。そんな奥出雲の地で、弊社は300年以上にわたり酒造りをしています。
そのような観点から自惚れるわけではないですが、「簸上清酒」という会社は島根県における酒造りの中で大事なポジションではないかと思っています。。
地元の米農家さんが作ったお米を使って、地元の蔵が酒を造っている。そのことに意味があると思っているので、この奥出雲の地ででしっかり酒造りを続けていきたいと思っています。

簸上清酒について

食事の主役にも食事の引き立て役にもなる。バランスのいいお酒づくりを目指し、日々酒造りに取り組まれている簸上清酒さん。
地元の米農家さんのお米で地元の蔵が酒を造り続けるため、「軸を変えない」姿で日々努力をされていらっしゃいました。

軸をしっかりと持ち、同時に新しい技術などのチャレンジも行おうとしていらっしゃいます。
また、コラボ商品の開発などにも積極的に取り組まれ、新しい顧客の開拓にもつながっている様子。
ぜひ、普段のお食事の中に取り入れて、お酒を味わってみていただきたいです。

プロフィール

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